2010年6月17日木曜日

スパイ判決を受けた日系元ミスの獄中記「2つの世界のはざまで」

スパイ判決を受けた日系元ミスの獄中記「2つの世界のはざまで」
6月13日18時38分配信 産経新聞


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「2つの世界のはざまで:イランでのマイライフそして刑務所生活」(写真:産経新聞)

【早読み/先読み アメリカ新刊】

 スパイ判決を受けた元ミス・ノースダコタの日系ペルシャ人ジャーナリストの獄中記

「2つの世界のはざまで:イランでのマイライフそして刑務所生活」

 Between Two Worlds: My Life and Captivitiy in Iran

By Roxana Saberi

 Harper

 ■最初の容疑は「ワイン1本」、そして禁固8年のスパイ罪判決

 イランはスパイ狩りが大好きなお国のようだ。外交官だろうと、外国人ジャーナリストだろうと容赦はしない。

 79年にはアメリカ人外交官52人を人質にしてパーレビ元国王の引渡しを要求した国である。昨年6月イランで改革派デモに参加したとして一時拘束され、保釈後も8カ月間、国外に出ることを禁じられたフランス人女性(24)にしろ、同年7月、イランとの国境を接するイラク北部をハイキング中にイラン領に入ってしまったアメリカ人旅行者3人にしろ、すべてスパイ罪が適用された。釈放するときは、裏取引で「人質交換」や「身代金」を強要しているとの憶測が後を絶たない。

 そうした中で、日米でとくに関心を集めたのが、スパイ容疑で逮捕され、8年の禁固刑を受け、泣く子も黙る「エビン刑務所」に3カ月半収監された日系イラン人(アメリカ・イランの二重国籍)ジャーナリスト、ロクサナ・サベリさん(31)のケースだ。その後の控訴審では、禁固2年、執行猶予5年に減刑、釈放されている。

 ノースダコタ州最大の都市ファーゴ市(人口9万9000人)生まれ。18歳の時にはミス・コンテストの女王に選ばれたこともある。スタイル抜群、顔立ちは母親譲りで、純日本人と見まがう。名門オックスフォード大卒。父親はイラン生まれの中小企業経営者だ。

 本書は、そのサベリさんが3カ月半にわたるエビン刑務所での収監生活をつづったドキュメンタリーである。釈放後、外国メディアとのインタビューでは、「刑務所内では身体的な拷問や女性への性的虐待が行われている」と語っているのだが、本書を読む限り、自分自身や2人の同室の女性服役囚に対してどのような拷問や性的虐待があったかについてはいっさい触れていない。

 ある日、遠く離れた男性専用の尋問室から拷問に耐えかねて泣き叫ぶ男の声。それを聞いた同室の女性の1人が「私の恋人の声よ」と言って嗚咽(おえつ)する。そんな場面を、サベリさんはジャーナリスティクに描写しているのだが、自分自身に対して身体的な拷問があったとは一言も書いていない。釈放時に、イラン当局から「刑務所内での処遇についてはいっさい公言してはならない」と「口止め」を強要されたのかどうか。そのへんは定かではない。

 その意味では、「エビン刑務所の実態を描く」という出版社のうたい文句を見て、本書を買った読者はちょっとがっかりするかもしれない。亡命イラン人団体「イラン抵抗評議会」(NCRI)によると、現在政治犯でエビン刑務所に収監されている死刑囚は20人。そのなかには、アリ・シャケリ、R・ミレブラヒミといった著名な政治活動家がいるという。

 ■中曽根外相、サベリさん釈放の仲介に乗り出す

 サベリさんは、ロンドンでの学業を終えると、03年、父親の祖国であるイランに住みつき、米公共ラジオ(NPR)やフォックス・ニュース、英BBCなどに現地リポートを提供するかたわら、イラン社会文化についての著書を書くための取材活動を行っていた。ペルシャ語も得意で、イラン人の生活にも溶け込んでいたし、イラン人映画監督の恋人もいた。

 そんな矢先の09年1月、突然官憲がアパートに現れ、身柄を拘束された。当初はワインを1本買ったのが刑法違反だという別件逮捕だった。が、その後、容疑はイラン政府発行の記者証(06年に期限切れ)なしに取材活動を続け、「米情報機関の手先として違法な情報を収集していた」というスパイ罪に変更され、運命は刑事裁判所から革命裁判所に委ねられた。「白状すれば、ただちに釈放する」との官憲の言葉を真に受けて、一度はスパイであることを認めた結果、同年4月、禁固8年の判決が下され、直ちに収監された。

 サベリさんは控訴、さらに判決を不服としてハンガー・ストライキに入る。「数日後、肩の周りの肉はそげ落ち、太またはローティーンの時のように細くなり、おなかの肉はいままでみたことがないほど平べったくなってしまった。ほっぺただけはなぜか丸いままだった。体重は114ポンド(約52キロ)から104ポンド(約47キロ)まで減っていた」

 「イラン系アメリカ人女性ジャーナリスト、8年間禁固刑」とニュースは欧米メディアによって大々的に報道される。とくにNPRやBBCは「仕事仲間」拘束に激しく反応、友人たちによって設立されたウェブサイト「Freeroxana.net」は、彼女の動向を時々刻々と世界中に流した。

 クリントン米国務省長官はじめ西欧諸国や人権団体が即時釈放を要求を求めた。そうした中でスパイ容疑で逮捕された外国人の釈放について、イランとは友好関係にある日本政府も異例の動きをみせた。09年5月2日、イランを訪問した中曽根弘文外相(当時)はモッタキ外相との会談の席上、「彼女の母親が日本人であることから日本政府は人道上の問題という見地から事態の推移を注視している」と言及した(イラン紙「エッテマーデ・メッリー」09年5月3日付)。日本の外相が、日本国籍を持たぬ人物が「政治的理由」から拘束されていることに「人道上の配慮」を表明するのは、「極めてまれ」(在米日本人外交官の1人)だという。

 本書は英語圏向けの読者を対象に書かれたこともあって、サベリさんは、自分が日系であることには、まったく触れていない。それでも、本書の末尾に「中曽根外相は外相会談の席上、私のケースに対する憂慮の念を表明していただいた」と言及、「日本政府と駐イラン日本大使館」に対する謝意を述べている。

 ■イラン情報機関員4人との極秘交換取引で釈放?

 釈放後、サベリさんは各種のジャーナリスト賞を受賞、各地での講演に出かけ、イランで拘束されているイラン人政治犯の釈放を訴えている。だが、本書を読み終えて、8年の禁固刑という判決を受けたサベリさんがなぜ3カ月半で釈放されたのか、その理由が今ひとつ分からない。国際世論の圧力にイラン政府が屈したというだけだろうか。

 釈放直後、イスラエル情報機関が明らかにしたところによると、イランはサベリさん釈放の条件として、07年1月イラク北部で米軍に拘束されたイラン革命防衛隊の諜報(ちょうほう)工作員4人を引き渡すことを要求、アメリカはこれに応じたという(イスラエル情報機関から入手した情報をもとに報道しているイスラエルのサイト「DEBKAfile」による)。もっとも、サベリさんは本書では「米国務省は、私の釈放に際していっさいの裏取引はなかったと言明している」と否定しているのだが・・・。

 サベリさんの拘束から判決、釈放にいたる経緯は、欧米メディアも克明に報じたが、サベリさんを「日系」と書いた記事は皆無。本書でも、彼女自身、日本や日本人に対する特別の思い入れは感じられない。唯一出てくる「日本人」は03年、初めてあこがれのイランに着き、タクシー運転手から「君はどこの国の人間か?」と聞かれて、「私はイラン人よ」と答える場面だ。

 「おれはてっきり日本人だと、思ったよ」と運転手。「日本人はよく働く、勤勉な民族だよ」と続けるが、サベリさんはそれに応えるふうでもない。

 もう1カ所は、刑務所に彼女を訪ねてきた母親の耳元に明日からハンガーストに入ることを「つたない日本語で、タベマセン(tabemasen)とささやいた」という下り。母親が日本生まれ・日本育ちで、父親が白人、黒人、あるいはそのほかのアメリカ人の場合、とくに娘さんたちは、母親の母国語や文化に強い影響を受けるケースが多いとされるのだが、本書を読む限り、サベリさんの場合は、生まれ育った土地柄や家庭環境の影響からか、父親の母国語や文化に異常なほどの魅力を感じているようで、日本にはあまり興味がなさそう。日本人読者にはちょっと物足りなさが残る。(高濱 賛)


ワイン一本で逮捕、とにかくスパイをでっちあげてカネまきあげたかっただけじゃん?
イランで写真とか撮りたくないわ、こわ

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